自分にOKを出し、自信を持つ「ココロの講座」 恐怖症、トラウマを解消させる心理カウンセリング

はじめまして

はじめまして

心理セラピストの中村壮志(なかむらたけし)と申します。

私は問題解決から願望実現まで人生改造するためのトータルサポートを行う心理セラピストです。日々「自分にOKを出せない…」「自信がない…」「不安が解消されない…」という方が自分らしくキラキラ輝くお手伝いをさせていただいています。

心理セラピーやカウンセリング、セミナー、教材販売などメンタルケアのサービスを提供しています。その他にも企業研修なども行っております。

心理セラピスト中村壮志

中村壮志(なかむらたけし)
人生改造の専門家、心理セラピスト、セミナー講師、企業研修講師
米国NLP協会認定NLPマスタープラクティショナー、LABプロファイル®プラクティショナー

北海道生まれ。幼少期は自由奔放なガキ大将であったが思春期から赤面症に悩む。就職後は症状が悪化し人目を気にして仕事もうまく行かない20代を過ごす。30歳を機に一念発起し自力で赤面症を克服、人生を変える。

この経験から「人は変われる!人生は変えられる!」をテーマに副業でカウンセラー活動を開始。その後、恐怖症・トラウマ解消のスペシャリストとして起業。数十年間苦しんだ恐怖症をたった1回のセッションで治すなど独自の手法で実績を上げる。12年以上のメンタルサポート実績は1万人以上。

《苦手克服→やりたいこと発見→自分らしい仕事で活躍》という人生の流れを自らが実験台として作り上げ体系化。元機械系エンジニアの理系脳を駆使した超実践的な副業&起業サポートにも定評がある。

現在は苦手・コンプレックスを克服して仕事&人生でキラリと輝く自分に生まれ変わる「人生改造メソッド」を提唱。仕事にやりがいを持ちキラキラした大人を増やすことで、子どもに希望を!日本に元気を!という想いを胸に日々活動を行っている。

メンタルセミナー風景

起業のメンタルブロック解除セミナー

起業のメンタルブロック解除セミナー

なぜ私がメンタルケアを仕事としているのか?

それには私の過去に秘密があります…

中村の人生ストーリー…

今でこそ私はこうして多くの悩める方にアドバイスをしていますが、何を隠そう私自身が人と比較ばかりして自信がなく、自分にOKどころかNGばかりを出している日々でした。

弱者vs強者の幼少期

ガキ大将の幼少期

小さい頃はガキ大将的存在で、毎日ケンカをし、暗くなるまで野山を駆け回っていました。近所のオバちゃんたちからも『たけしちゃんは元気があっていいわね!』とよく褒められたものです。

しかし、家ではちょっと状況が違いました。

私の父は小学校の教師でした。休みの日には家にもよく教え子が遊びに来るほどの人気の先生でした。

しかし、家での父は口より先に手が出る厳格な昭和のオヤジ。
特に夕食時はまさに恐怖の時間でした。

・食べるのが遅ければ箸で頭をビシッ!
・好き嫌いをすればビシッ!
・箸が止まりボ〜ッとしてるとビシッ!
・口答えをすれば胸ぐらをつかまれ往復ビンタ…

まさに恐怖政治(笑)いつもビクビクしながら過ごしていました。

こんなこともありました…

父が授業で使ったテストを家に持ち帰り私にやらせる。
出来の悪かった私は(汗)案の定、悪い結果。

そのたびに、
「うちのクラスの◯◯は100点だったぞ!」
「それに引き換え何だオマエは!」
「本当に情けない奴だ!」

と罵倒される…

一方、幼稚園や小学校での私は明るくひょうきん者。

ひげダンス(古い!)やお笑い芸人のモノマネをやってみんなを笑わせていました。

また、毎日のようにケンカをして「オレが一番だ!」と威張っていました。

今考えれば…

父の前での無力な自分とのバランスを取るように、友人の前では強い自分を追い求めていたのだと思います。

人目を気にする思春期

幼少期はそんな強気でキカン坊の私でしたが、思春期になると徐々に何かが変わり始めます。

「人からどう見られるのか?」「周りから嫌われてはいけない!」と言う意識が人一倍強く働きはじめ、あがり症や赤面恐怖症に悩みはじめたのです。

  • 女子から話しかけられた途端に真っ赤。
  • 授業中に当てられると真っ赤。
  • 人前で発表する前からすでに真っ赤。
  • 街で友達とバッタリ出会った瞬間になぜか真っ赤。
  • 人に褒められたり、叱られたりしても真っ赤。

高校生になるとさらに自分に自信をなくし、

・容姿
・成績
・運動神経

とにかく劣等感が強くなったのです。

部活はテニス部に入りましたがヘタクソな自分を見るのが嫌で途中退部。

顧問の先生には「受験勉強がんばるために辞めます!」と言い訳をしたものの、結局受験も失敗し浪人生活へ突入。

浪人生活の後半、通学の便が悪いことを勉強のできない言い訳にして、親に頼んで予備校近くの学生寮に入れてもらいました。

予備校へはチャリで5分くらい。勉強に集中する環境は全て整いました。

しかし「やらなきゃダメ!」と頭ではわかっているのに気持ちが焦るばかりで全然勉強に集中できない。

そして体もだるくなり予備校も休みがちに…その結果、志望校はことごとく撃沈。。なんとか滑り止めに引っかかったという有様です。

心機一転、大学生活!

大学の上京を機に「よし自分を変えよう!」と積極的に行動を起こしました。ファミレスでウェイターのバイトをしたりナンパをしたり(笑)比較的ポジティブな自分に戻れました。

しかし、たまたま入れた大学の、潰しが利くからと選んだ機械工学科。周りを見ると、車大好き!メカ大好き!人間ばかり。。

まあ私も機械は嫌いではありませんでしたがそこまで熱が入らず、授業にも全く興味が湧かない。

唯一興味が湧いたのがアルバイトでした。バイトをしているか、家で寝いてるかという生活で大学にもあまり行かない日々が続きました。

絵に描いたようなダメ大学生でしたね^^;

そして進級も危うくなり、それが親にバレ、父が激怒!「勘当」寸前にもなったのです。

そんな宙ぶらりんな状態なので就職活動も思うように行かず、結局は叔父のコネのある鉄鋼メーカーになんとか入社できました。

最悪の新入社員時代

工場勤務になった私は入社と同時に組織上は現場の職人さんたちの上司になりました。

しかし現場の親方が工場でも有名な「瞬間湯沸かし器」
私が仕事の依頼を持って行くたびに

「これじゃわからん!」
「ちゃんと説明しろ!」

と怒鳴られます。

「すみません。もう一度調べ直してきます!」と言っても

「自分でもわからないことを人に頼むな!」
「本当にダメだなお前は!」

「大学で何を勉強してきたんだ!?」
「いいかそもそもオマエはなぁ…」

と毎日お説教。。

「お前はダメ人間だ!!」と毎日洗脳を受けていたようなものです(笑)

そんな日々を過ごすうちに会社にも行きたくなくなります。
毎週末サザエさんのエンディングを聞くと本当に憂うつになりました。

その結果、あがり症や赤面症がさらに悪化。視線恐怖症や電話恐怖症にもなってしまったのです。

とにかく、日常のあらゆる場面ですぐに赤面してしまうのです。赤面の無差別乱射です。

会社に営業に来る、好きでも何でもない生命保険のおばちゃんにまでなぜか真っ赤になったり、他部署のフロアに行くだけでドキドキしたり、人前で電話をするのが嫌になったり、会議で意見が言えなくなったり、赤面症を通り越して対人恐怖症に近い症状も現れはじめたのです。

そして、いつもビクビク、オドオドしている自分に自信がなくなり、自分が嫌で嫌でしかたなくなってしまったのです。

いつも人の目を気にして、叱られないかな?嫌われないかな?と心配し

  • 遠慮ばかりして自分を出せない
  • 自己主張、自己表現ができない
  • 思ったことを行動に移せない
  • 困っても人に相談できない

仕事もまったくうまく行きませんでした。

30歳の決意!

そして30歳を迎える時、焦りと恐怖心が湧きあがったのです。

「オレももう30歳だ、なんとか自分を変えなきゃこの先の人生もダメになってしまう…」

そして決意しました。

「赤面症を克服しよう!」

「自分を変えよう!」

しかし、自分を変えると言っても何をどうやったら良いのかわかりません。今でこそネットで探せば様々な情報やサービスがありますが、当時は見つける方法がありませんでしたので、とにかく頑張るだけ。

あえて人前に出たり、逃げたくなるような場面からも逃げずに踏ん張る。
そんなことしかできませんでした。

しかし頑張れば頑張るほど、ダメな自分がさらに浮き彫りになり、余計に自信を失います。

頑張り過ぎて過労で倒れ、気を失い、上司に病院に担ぎ込まれたこともあります。

頑張ってもダメ…

頑張らなくてもダメ…

「一体オレはどうすればいいんだ??」
「やっぱりオレは変われないのか…」

もがき続け、諦めかけました。

しかし、偶然出会った自己暗示法を実践したり、仕事を通してさまざまな価値観が変わって行きました。

その結果、自分でも気づかないうちに徐々に状況が変わって行ったのです。

少しずつ自分の意見を言えるようになり、自分の意見を言うことで仕事がうまく回り出したり、周りからも評価されるようになって来たのです。

さらに、最初は敵だと思っていた厳しい上司も

「中村!もっと自分を出していいんだぞ!」
「お前はもっとやれるはずだ!」

と叱咤激励してくれ、厳しい現場の親方も段々と私を認めてくれるようになったのです。

そして必死に目の前の仕事に食らいついた結果…

気がつくと赤面症が治り、自分の意見も堂々と言える自分になっていたのです。

この変化は私の人生を変える出来事でした。

生まれて初めて、「そうか、人って変われるんだ!」と実感したのです。

それからと言うもの人生が180度変わりました。仕事も積極的にドンドンこなせるようになり人間関係も良好になりました。

・会議でもドンドン意見を言える
・プロジェクトが成功して社長賞を頂く
・海外でのプレンゼンで拍手喝采を浴びる
・プレゼン内容がフランスの業界誌で特集される

など、赤面症に怯える自分とは別人のように自信を持って何事にも取り組めるようになったのです。

変わったというよりは戻ったと言った方がいいかもしれません。

ガキ大将で自由奔放にしていた「自分らしい自分」に戻り、自分にOKを出しながら前に進めるようになれたのです。

人生を見つめ直す

しかし、これで私の人生万々歳!という訳には行きませんでした。

それまでは必死で現状打破だけを目標に頑張ってきた私。

でも仕事も心の状態も落ち着くと、新たな想いが湧き出したのです。

「このまま今の会社にいても良いのだろうか?」
「もっとやりがいを持って情熱を注げる仕事が他にあるんじゃないのか?」
「自分の本当にやりたいことって何だろう?」
「今の会社にオレの望む人生があるのだろうか?」

それまでの私の人生は全て中途半端でした。

部活も、勉強も、就職も…

「何かをやりきった!」
「自分の力で切り開いた!」

という経験がなかったのです。

「よし、今度こそ自分で人生を切り開きたい!」
「心から打ち込めることを見つけたい!」

そんな想いを胸に転職情報を調べたり、資格パンフレットを入手したり…
しかし、就職活動でもやりたい仕事などわからなかった私ですから、改めて「何がやりたいのか?」と考えてもまったく答えが浮かばなかったのです。

そして色々模索した結果…「独立起業」という新たな道を知ったのです。

しかもインターネットを使えば副業からも始められる!

「これなら自分にもできるかも!!」とテンションが一気に上がりました。

しかし、ビジネスなんてやったことありませんでしたので行動を起こすのも成果を出すのにも試行錯誤と時間がかかりました。

・ホームページから広告収入を得ようとして失敗

・アフィリエイト(ネット代理店ビジネス)に失敗

・ブログやホームページもたくさん潰しました

時間とお金を散財するだけで、全てうまくいかず、悶々とする日々が続きました。

日本初、赤面症専門カウンセラー誕生

「自分がやりたいことは一体何なのか??」

その答えを探すために成功者のメールマガジンや本を読みました。

そんな中、ある本のこんなフレーズが目に飛び込みました。

「かつて自分が悩んでいたこと、そしてそれを克服できたことがあれば、人に役立つことができる。」

そのときピンッ!と来ました。

「そうだ赤面症だ!」

「過去の自分と同じような境遇の人に少しでも勇気を与えたい!」

そう思い立ち、自分の体験談をメールマガジンで配信してみようと思いついたのです。

自分の体験談を配信していく中、こんな疑問が大きくなりました。

  • どうして自分は赤面症になってしまったのか?
  • 赤面症が治ったのはどんな心の変化が起きたのか?
  • 自分の赤面症克服を理論的に説明するとどうなるのか?

私は工学部出身でエンジニアとして働いていましのたで、私に起きた「原因と結果」の調査分析を開始したのです。そして本格的に心理学の勉強を始めると、私がなぜ赤面症になってしまったのか?何が赤面症の克服に役立ったのか?ということが心理学的にも理解できるようになって来たのです。

そこで「赤面症カウンセラー」を名乗り、自分の体験談だけではなく、心理学的な観点から赤面症克服のアドバイスも配信するようになったのです。

そして手探りながら週1回のメールマガジンを配信し続けたのです。

しかし、メルマガを続けること数ヶ月。自分では悩める人を助けるぞ!と意気込んではみたものの、現実はそう甘くはありません。読者も思うように増えず、反応もゼロ。

週1回の発行といっても、内容を考え、文章を考え、表現を考え、修正をする。1通のメルマガを書くだけでも数時間が必要なのです。

読んでいるのか、いないのかもわからない、ほんのわずかな読者のために、忙しい仕事の合間の時間をすべて注ぐことがむなしくも感じて
来ました。

しかも、その当時は下の息子が生まれたばかり。子どものオムツ換えもせずに、帰宅後にひたすらパソコンに向かう夫に妻もとうとう激ギレ!

「ふざけないで!パソコンばっかりやってないで少しは家族のために協力してよね!なんだと思ってるの!?」

「いや、俺にはやるべきことがあるんだ!」

「じゃあ家族のためにはやるべきことがないって言うの!!」

「いや、そうじゃなくて…」

今考えると、この時期が一番夫婦の関係がギクシャクしていました。

そんな妻の冷ややかな視線を尻目に、メルマガを発行し続けたところ、半年を過ぎた辺りからある変化が起きてきました。

「自分と同じ悩みを解決した人がいるだけで勇気が湧きました!」

「教えていただいた方法を実践してみたら赤面が治りました!」

次第に感想や感謝の声をいただけるようになって来たのです。

そしてメルマガ発行から8ヶ月たった時点で赤面症を克服する方法を一つのノウハウにまとめ上げて提供し始めたのです。

その結果、今現在まで3300人以上の方に実践していただき、名実共に日本で唯一の、そして実績№1の赤面症専門のカウンセラーになったのです。

理想の自分がOKで、今の自分はNGだ!

カウンセラーとして実績を残すにつれて私は大きな違和感を感じ始めます。サラリーマンの仕事にまったくやりがいを感じなくなってしまったのです。

カウンセラーとして活動するために、心理学の知識やスキルも身につけて行きました。

さまざまな勉強会やセミナーに参加しました。そして多くの起業家や社長さんとも知り合いになりました。そこで出会う方々は会社で一緒にいる人たちと全く別世界の人たちでとても魅力的に見えるのです。

すると、会社という限られた社会がバカバカしくも思えたて来たのです。

飲み会になれば、会社や上司の愚痴大会。
大して仕事も出来ないのに権力を振りかざす上司。
楽して給料をもらうことしか考えていない部下。

そんな小さな世界の中で、人生の大半の時間を浪費している自分が許せなくなって行ったのです。

「独立したい!」

日に日にその思いは強くなります。

そして、ある日妻にその思いを打ち明けてみることにしました。

すると、思わぬ反応が…

「独立したい!」…妻の反応は?

副業としてカウンセラー活動を始めた私。日に日に独立願望が強くなって行きます。そしてある日、妻にその思いをぶつけてみました。

「オレ、会社辞める!独立する!」

「はぁ?ナニ考えてるの!?そんなの無理に決まってるじゃない!!」

しかし当時は下の子が生まれたばかり。会社を辞めて独立するなんてそんな危険行為を妻が許すわけがありません。結局、妻の両親にも大反対されて、独立は断念しました。

でも正直を言うと、「反対されてどこか安心した自分」もいたのです。

なぜなら「独立起業したい!」という思いと、「無理だ!」という思いが同時に存在したからです。

そして、独立したくても出来ない自分、いたくもない会社にしがみ付いている自分、そんな足踏み状態の自分に全くOKを出せずにいたのです。

そして6年間、独立への夢を抱えながらその一方心のブレーキにも苦しみ続けたのです。

その心のブレーキとは、

  • 自分には能力がないのではないか
  • 独立してうまく行くか不安だ
  • きっと失敗するかも
  • 世の中そんなに甘くない

といったものです。

常に頭の中に「独立したい自分」と、「自信のない自分」が存在してその葛藤に苦しみ続けたのです。そしてそんな葛藤からいつになっても抜け出せない自分をたまらなく情けなく感じていたのです。

自分の好きなことをして人生を切り開こうとはじめた副業でしたので、最初は楽しかったです。しかし、逆にやりたいことを見つけたばかりに

「独立しなければ人生の先はない!」
「会社にい続けることには意味がない!」

というマイナス意識を生み出して、宙ぶらりんの今の自分にNGしか出せなくなって行ったのです。6年間毎年「今年こそ独立する!」と年初目標を掲げるものの一向に実現しません。

「今年もダメだった…」
「また去年と一緒だ…」
「何の成長もない…」

いつになっても目標を達成できない「デキない自分」ばかりが浮き彫りになり、本当に意味がない人生、意味のない自分だと思い込んでしまったです。

「理想を緩めると、なぜか理想に近づく」法則

サラリーマンとしての自分を否定し、独立した自分にこそ意義があると
強烈に思い込んでいた私。本当に辛かったです。こんなことなら副業なんてやらないで、同僚と一緒に上司の「愚痴大会」を毎夜開いていた方が幸せだったんじゃないのか?と本気で思うようになって行ったのです。

そんな八方ふさがりの私の悩みを知ってか知らずか、友人がある自己啓発セミナーを紹介してくれました。そのセミナーのテーマは「自分の価値を上げる」というものでした。

その時の自分は、今の自分にはまったく価値なんてないと本気で思っていました。そして、少しでも楽になりたいと思い参加したセミナー。

そこで私に対する他の受講生の評価に戸惑ったのです。

「何年間も副業を続けて、実績も出しているなんてスゴイですね!」
「どうやって時間を使っているの?教えて!」

そしてその時点で赤面症克服講座の実績は1500人以上。

雑誌では副業の成功者として特集記事になったこともありましたので、その実績にみんながさらに目を丸くしたのです。

ビジネス誌で紹介される
ビジネス誌の巻頭特集で紹介される

しかしいくら周りからの評価が高まったと言っても、やはりいつまで経っても独立できない宙ぶらりんの自分にOKが出せずにいたのです。

私にとっての価値のある自分というのは「独立して自分の好きな仕事を本業としている自分」でした。

でも、改めて周りからの正直な評価をもらうと「そうか、今の自分にもちょっとは価値があるのかな?」と、カチンコチンのマイナスな自己評価が少しずつ崩れていったのです。

そして、それをきっかけに独立起業を必要以上に強く望まなくなって行ったのです。もちろん目標は起業にありましたが、今の自分にできることを精一杯やって、無理やりではなくそのタイミングが自然な形で来ればいいかな?と思えるようになったのです。

自己啓発本や成功本、プラス思考の本を読んだことのある方はわかると思いますが、それらの多くには大体こう書かれています。

「目標を強く願えば適う!」
「目標を紙に書き出して、毎日朗読すれば適う!」

それまでの私もそれを信じて実践してきました。

確かに目標がないよりはあったほうが断然実現します。その手法である程度は達成もできます。

しかし、目標にのみ強い光を当て続けてしまうとその分、影も強く濃くなるのです。そしてその光が作り出した影に苦しむという矛盾も発生してしまうのです。

結局その方法は間違っていました。本当に焦点を当てるべきなのは、今の目の前の現実、今の自分だったのです。

苦しみ抜いた結果、初めてそのことに気が付き、独立したいと言う思いを徐々に軽減させました。「独立しなければいけない!」と言うブレーキからそっと手を離し、今の自分を認めOKを出すようにしたのです。

一見すると目標を手放し、目標を達成できない自分にOKを出すと言うことは目標から遠ざかってしまうように思われます。でも実はそれは間違っていたのです。

思わぬタイミングで、思わぬ展開に

異常なほどの理想への執着を持っていた私。そしてそれを緩めた私。ただ、やるべきことはしっかりとこなして行きました。

するとその年の暮れにある衝撃的なニュースが飛び込んで来たのです。

「早期退職者募集(対象:管理職全員)」

私がいた会社で2年ほど募集し続けてきた早期退職制度。それまでは対象者が55歳以上と限定されていたのです。しかし当時も不況のご時勢で、自ら手を上げる人は誰一人いませんでした。そこでその年、会社は対象者の拡大を図ったのです。

当時私は管理職になりたてでしたので、私もその対象になったのです。
このお知らせを見た瞬間、背筋に衝撃が走りました。

「来た!その時が来た!!」

早速、その日帰宅してから妻に自分の意思を告げました。

一度は猛反対された独立。今度はどんな反応か?正直全くわかりません。

一通り話を聞いた妻は一言「考えておく」とだけ言いました。

あと、退職金がいくらもらえるのか、きちんと調べることも付け加えられました。(さすが女性、現実的…笑)

そして退職金は年収の2倍もらえることがわかりました。
数日後、妻の回答は「OK」でした。

後からわかったことですが、私から告白を受けた妻も正直どうしたら良いのかわからなくなったそうです。そして母親に相談したそうです。

「バカ言ってるんじゃないわよ!そんなの無理に決まってるじゃない!」

と以前と同じ反応をするだろうと思っていた妻のお母さんでしたが、反応は意外でした。

「いいんじゃない、がんばったら?」どうやら妻のお母さんも、これまでの
私の6年間をしっかり見てくれていたようだったのです。

そして念願の独立を果たしたのです!

甘くはない現実。。

退職金も2年分あるので、2年あれば楽勝だ!絶対成功できる!そう思っていました。

妻には1年間は生活費は退職金から使ってくれ!とお願いしていました。その間に事業を軌道に乗せようと考えていたのです。

ですから、1年目は好きなことを仕事にできた喜びで、比較的のんびりと楽しく過ごしました。

独立記念と題して海外旅行に行ったりもして。。自分では気がつかずに「調子に乗ったカン違い野郎」になっていたのです。

そんな私をあざ笑うかのように、月日が流れるにつれ副業時代よりも業績がドンドン悪くなって行ったのです。

そして、自らの稼ぎを家に入れるようになった2年目。明らかに生活費はマイナスです。その分は結局残りの退職金を切り崩す始末。

独立1年目で退職金を使い過ぎたせいか、予想以上のスピードで退職金の桁が減って行きます。

そしてとうとう退職金も底をつきはじめ、銀行残高がドンドン減っていきます…。

わかりますかね?この恐怖。

会社を飛び出して自信満々で独立起業した。でも思いの他、業績が伸びない。

これから教育費もドンドン増え続ける小学生と幼稚園の2人の子どもと、25年の住宅ローンを抱えている。でも、銀行残高は残りの生活費1か月分しかない。。これは想像以上の恐怖です。

仕事も手につきません。ご飯も喉を通りません。

独立が間違っていたなんて決して思いたくありませんでしたが、そう思わざるを得ない目の前の現実。

夢をあきらめて再就職先を探すか?ネットで深夜や日雇いの仕事を探したりもしました。早くもピンチ襲来です。

「自分にOKを出すって、こんな状況でどうOKなんて出せるの?」
「神様、教えて…お願い助けて…」

もう神頼みするしかありません。妻に隠れてこっそり宝くじを買ったりもしました。

ただ、今思えばそんな極限の体験をしたから、本当の意味で自分にOKが出せる方法がわかったのです。どう考えてもOKなんて出せないドン底の状況、数百円の買い物も躊躇する自分、もしそんな自分にOKが出せたら…これって最強だと思いませんか?

自らがそんな体験を通して、自分にOKを出すノウハウを身に付けて行ったのです。

そしてどん底でも、自分にOKが出せるようになってから不思議と業績もV字復活し始めたのです。墜落寸前の飛行機が、地面スレスレでからくも上昇し始めたような感じです。

私は生きた実験台です!

ここまでお読み頂ければわかったと思いますが、何を隠そう私自身が「自分にOKが出せない典型的な人間」だったのです。

でも、逆を言うとそんな弱く自信のない自分だったからこそ、真剣に心のことを学び、それを自分に試すことが出来たのです。

私は自分のことを「生きた実験台」だと思っています。

ですから私が提供している「人生大改造メソッド」は、机上の空論やどこかの本やセミナーで聞きかじったものではありません。

私自身が人生を変えられたもの、そしてクライアントさんにも変化が起きたもの、そんな実践的な方法のみをご提供しています。



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